崇徳天皇

 1156年、保元の乱に敗れた崇徳天皇は讃岐国(現:香川)に配流されました。そして、1164年四十六歳で崩御せられるまでの約9年間をこの地(坂出市)でお過ごしになられました。崇徳上皇の御遺跡は坂出市に数多く残っています。

1119年 御誕生。
1123年 当時四歳の顕仁親王を崇徳天皇としました。
1155年 崇徳天皇にとっては弟である、後白河天皇が即位。
1156年 鳥羽法皇が死去され、同夜大蔡が営まれる。
同年
保元の乱がおこる!
戦いに敗れた崇徳天皇は、讃岐に配流される。

 それでは、崇徳上皇の辿った足跡を、配流され讃岐国「松山の津」にお着きになった所から、順を追ってご案内いたします。
☆松山の津へ>>>>>>>>

坂出市の紹介

瀬戸大橋 坂出市は昔から塩田で栄えた臨海都市です。丁度、香川県の中央に位置し、瀬戸大橋の架かる町、四国の玄関口として知られています。一昔前には坂出市の府中に国司庁があり、讃岐の政治の中心地でした。平安時代には讃岐国守の任を受けた菅原道真ゆかりの地として、又さかのぼること景行天皇の御代には「悪魚退治伝説」が残っています。街の特産品は三金時といって金時にんじん、金時いも、金時みかんが有名で、中でも金時にんじんは全国でも大半のシェアを占めています。