八十八名物??

この地でところてん茶屋を始めたのは、今から二百三十年以上前のことです。当時この地は、高松街道の峠の頂上付近にあり「峠の茶屋」として旅人に親しまれていました。また、四国霊場八十八ヶ所の79番札所天皇寺高照院の参道沿いにあり、お遍路さんの休憩所として使われていました。昔は、歩き遍路が日常ですから、特に夏の暑い日には、この茶屋でところてん食べて暑さから暑さから逃れたといいます。江戸前期の俳人は其角は、その光景を見て「順礼のよる木のもとや心太」と詠んだそうです。


そして、江戸時代 高松藩のお殿様も八十場(この地)でところてんを食べ旅の疲れを癒したといい、当時は大名行列で影武者をつれていたと先祖より聞いております。

 

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